大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和48年(ヨ)406号 決定

申請人

豊島豊

右申請代理人

人見利夫

外一名

被申請人

広島県住宅生活協同組合

右代表者

濱本万三

被申請人

松本建設株式会社

右代表者

松本俊一

右被申請人両名代理人

外山佳昌

主文

申請人の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

第一本件申請の趣旨及び理由は別紙申請書のとおりであり、これに対する被申請人らの主張は別紙答弁書のとおりである。

第二右の当事者双方の主張に対して当裁判所は次のとおり判断する。

一本件疎明資料によると、次の事実が一応認められる。

1  被申請人広島県住宅生活協同組合(以下組合という)は別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を所有しており、同地上に鉄筋コンクリート造七階建事務所付共同住宅(以下本件建物という)を、被申請人松本建設株式会社に請負わせて建築中であつて昭和四九年六月一〇日現在においてすでに六階まで工事が進捗し完成すると七階建高さ約24.9メートル(塔屋部分)の高層建築となる。

2  本件土地は、広島港方面から御幸橋方面へ向う巾員約九メートルの道路に面し、右道路沿いには一階ないし四階建ての店舗、事務所等の建物が密集しており、道路に面した地域は近隣商業地域(本件仮処分申請時には商業地域)かつ準防火地帯に用途指定されている。

3  申請人は本件土地に隣接する(位置関係別紙図面のとおり)広島市皆実町六丁目九七七番の二、宅地206.18平方メートルの所有者であり、同地をほぼ敷地一杯利用して木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟(以下申請人所有建物という)を所有し、一階部分は主として店舗に、二階部分は住居に使用して、家庭用電気製品販売業を営んでいる。

4  申請人は動脈硬化症、パーキンソニスムス及メニエール氏症候群の疾患により起居が不自由であり、また同人の妻久栄は甲状腺に疾患があり共に病気療養中である。

5  本件土地上には、かつて敷地一杯に鉄筋コンクリートブロツク造り二階建(中二階あり)工場兼事務所(最高の高さ約9.66メートル、以下旧建物という)が存在していたが本件建物工事のため取り壊された。

また前記申請人所有地の西南側隣接地には本造二階建の建物一棟(以下西南建物という)が存在していたが(別紙図面のとおり)、本件建物工事と前後して被申請人がその敷地と共に取得したうえ右建物を取り壊したゝめ右敷地は現在空地となつており、将来被申請人において右敷地に建物を建てる計画はない。

6  従つて本件建物新築工事前申請人所有建物は、十分な日照を享受しえず、そのため天窓を設けて日照を一部補つていた状況である。すなわち申請人所有建物について、その東北部は旧建物によりほぼ終日日照を阻害され(冬至の日におけるものをいう、以下同じ)、その西南部は右建物による日照阻害は比較的少ない(午前九時過から午後四時ころまで日照可能)ものの西南建物により右日照可能時間の殆んどすべてにわたり日照を阻害されており、その結果天窓からの若干の日照程度しか得られていなかつた。

7  本件建物が竣工することによつて、申請人所有建物のうち東北部は旧建物の場合と同様にほぼ終日日照を阻害され、その西南部についても日照阻害はやはり少ないが(日照可能時間は午前一〇時過ころから午後四時ころまで)、旧建物の場合と大差はない(そして現在西南建物が取り壊されていることにより右日照可能時間のすべてについて現実の日照が得られているのであるが、しかしこれは本件建物による日照阻害に対する代償条件とはなつていない)。また本件建物が高層であることにより従来の天窓からの日照は殆んど得られなくなるが、天窓の位置をずらすことによつてある程度回復することは可能である。

8  被申請人らは本件建物の設計に際し、申請人の要請を容れ、当初の設計案より約三〇センチメートルほど東側に建物を寄せる設計変更をなした(その結果本件建物と申請人所有建物との間隔は約九〇センチメートルとなつた)。

9  被申請人らは本件建物の建築工事を開始するに際し、付近の住民と騒音、振動防止のため協定を結び、また申請人とも話し合つたが、申請人はあくまで建築の中止を求めたため不調に終つた。

二右認定事実によれば、申請人が病気療養中の身であつて本件建物が竣工した際、従来より若干日照が制限され、圧迫感を受けることになることは否定できないが、なお冬至の日においても、建物の全部にわたるものではないとはいえ午前一〇時過ころから午後四時ころまでの日照は確保されており、又前認定のとおり本件建物の建築場所が近隣商業地域で将来高層化が予測される地域であること、被申請人らも申請人の居住環境をことさらに悪化させないようできる限りの努力をなしたと認められること、その他諸般の事情を勘案すると、本件建物の建築により申請人の蒙る被害の程度は地域に照らし社会生活上受忍すべき限度を超えているものとは断定しがたく、被申請人らの本件建物の建築が申請人に対する関係で違法であるということはできない。

したがつて申請人主張にかかる被保全権利については疎明がないことに帰する。

三以上のとおりであるから申請人の本件仮処分申請は理由がないから却下することとし、申請費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(田辺博介 平湯真人 海老根遼太郎)

物件目録

1 広島市皆実町六丁目九七七番九

宅地 111.70平方メートル

2 同市皆実町六丁目九七七番一〇

宅地 103.10平方メートル

3 同市皆実町六丁目九七七番一二

宅地 177.78平方メートル

〈別添図面省略〉

工事禁止仮処分命令申請

当事者の表示  別紙のとおり工事禁止仮処分命令申請事件

申請の趣旨

被申請人等は別紙物件目録記載の土地上に建築する建築物の工事を中止して続行してはならない。

申請の理由

一、当事者の地位

(一) 申請人は広島市皆実町六丁目九七七番二の宅地206.18平方米を所有し、同地上に木造瓦葺二階建の建物を所有し、同建物において家庭電化製品販売の営業をなし、且つ家族使用人と共に居住するものである。

(二) 被申請人広島県住宅生活協同組合(以下協同組合という)は別紙物件目録の土地を所有し、その土地上に鉄筋コンクリート造店舗事務所兼共同住宅を建築しようとするものである。

(三) 被申請人松本建設株式会社は右被申請人協同組合との請負契約に基づき本件建築物を設計し、その建築工事を施行するものである。

二、建築計画の概要等

(一)(イ) 用途 店舗・事務所兼共同住宅

(ロ) 構造 鉄筋コンクリート

(ハ) 種別 新築

(ニ) 階数(高さ) 地上七階(地上24.9メートル)

(ホ) 敷地面積 111.70平方メートル

(二)(イ) 地域地区の指定は商業地域、住宅地域とされており、近い将来に変更の見込みはない。

(ロ) 被申請人等は昭和四八年一〇月一六日に起工式を行ない、建築現場に工事用テントを張り工事に着手している。

三、本件建築物の及ぼす被害

(一) 本件建物築と申請人の居住する建物との位置関係はほぼ別紙時間影線図に示されるとおりである。

(二) 本件建築物の完成によつて申請人の蒙る日照被害は次のとおりである。

(イ) 冬至の時間影斜図によれば終日、申請人の建物は被申請人の本件建築物の影の下にすつぽり入つている。

(ロ) 冬至の時間影平面図によれば申請人のベランダの一角(約半間四方)に日がさすのは一二時頃でベランダの雨よけ部分に日が当たるのは一四時である。ベランダ部分の日照時間はもつとも多く当るところで三時間、すくないところで一時間である。天窓のある二階洋間(六畳相当の広さ)については全く日が当らない。その余の建物部分も同様である。

(三) 申請人のベランダからの眺望は南側において完全になくなる。

四、(一)(イ) 申請人は動脈硬化症、パーキンソニスムス及びメンエール氏症候群により一日の大部分臥床し、医師の往診を受けている。

(ロ) 申請人の妻は甲状腺機能亢進症、及び慢性甲状腺炎で二週間ごとに通院し、自宅療養している。

(ハ) 日照通風は健康で快適な生活を営む上で必要不可欠の生活利益であるところ、申請人は右に記した如く病気のため一日中に家の中居るので、本件建築が予定通り完成すると著しく日照を妨害されその損害の回復は全く不可能である。

(ニ) 天空ないし眺望もまた健康で快適な生活に必要不可欠な要素であり、特に申請人のように病気のため屋外に出られない者にとつては重要であり、本件建築物が予定通り完成すれば申請人の蒙る損害は多大である。

二 被申請人等は昭和四八年九月二九日付の念書により電波障害、風害、騒音及び振動について対策を講じることを約束したが、日照天空等の妨害に対する対策は一切提示してなく、同年一〇月一六日に起工式を行ない工事を強行している。申請人にとつて日照通風・天空・採光等を妨げられる恐れは極めて大きく、また切迫したものとなつておりそれらの法的利益に対する侵害は工事の中止によつてしか回避し得ないものであるので本件仮処分申請に及んだ次第である。

昭和四八年(ヨ)第四〇六号工事禁止仮処分命令申請事件

答弁書

申請人 豊島豊

被申請人 広島県住宅生活協同組合

外一名

右当事者間の頭書事件について、被申請人等は、つぎの通り答弁する。

昭和四八年一一月一三日

被申請人代理人 外山佳昌

広島地方裁判所民事部 御中

申請の趣旨に対する答弁

本件申請を却下する。

との裁判を求める。

申請の理由に対する答弁

一、当事者の地位について

(一)(二)(三)はいずれも認める。但し(三)の建築物の設計は申請外株式会社巌建築設計事務所である。

二、建築建物の概要等について

(一)(二)は(一)の(ホ)を除いて認める。(ホ)は三八一、七四平方米である。(二)の(イ)は本件申請人、被申請人の敷地は大部分商業地域である。

三、本件建築物の及ぼす被害について

(一)はほぼ認める。但し右図面は設計変更前のものであり、実際は申請人の要求を入れて三〇センチ東方へ寄つて建てており、従つて申請人の建物との間隔は広くなつている。

(二)(イ)は認める。

(ロ)は争う。申請人の店舗の部分は日の出から午前九時頃まで日がさしその他の部分は午前一一時頃に日が当り出して、日没まで当る。

(三)は認める。但し従前と変らない。

四、(一)(イ)(ロ)は不知。(ハ)(ニ)は争う。

(二)申請人主張の念書を作成したこと、一〇月一六日起工式をしたことは認めるが、その他は争う。

被申請人の主張

一、申請人の居住場所及び被申請人が建物を建築しようとする場所は共に大部分商業地域であつて、店舗、事務所等が密集している地域であり附近に高層ビルも存在する地域である。(乙第一号証)

二、而も被申請人が本件建物を建築しようとしている場所には、従前から鉄筋鉄骨コンクリートブロック造三階建の工場兼事務所(乙第三号証の五、乙第七号証)があつて、乙第六号証の図面で示される如く、申請人は従前からもその建物による日照、通風、天空、眺望等の影響を受けており、本件建物による影響と同一であつて、殊更、本件による影響が著しいということはあり得ない。

三、即ち、従前も将来も申請人の建物のうち冬至に於て店舗は日の出から午前九時頃まで日が当り、その他の建物は午前一一時から日没まで日が当るのであつて、付近の店舗、事務所等と殆んど変らない状況にある。

四、被申請人広島県住宅生活協同組合は公益性を有する法人であり、本件建物もその目的にそつた勤労者住宅であつて(乙第九号証)その建築には膨大な資金を必要とし(乙第二号証)若し本件工事が中止されることになれば、多額の損害を蒙る(乙第一〇、一一号証)ばかりか、多数の人に迷惑を及ぼすことになる。

五、被申請人は本件工事を着工するに際しては、附近住民に有形無形の損害を及ぼすことを考慮し、住民と十分な話合いをし、その納得の上で工事を着工しているのであつて、(乙第一一号証)ひとり申請人のみがこれに応じないのであり、不可解という外はない。

以上本件建物による申請人の受ける影響は、あらゆる点を総合判断しても、受忍の限度内であり、仮処分は理由なく、速かに却下さるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例